就職支援人類 老人甚平

おっさんから爺さんになった就職支援人類を標榜する老人・甚平。仕事以外にもいろいろ言いたい事あるわなぁ  超短気 発熱ブログ

    自立を目指している方 またその就職支援に携わる方へのメッセージ                            必ず なんとかなります 何とかなるぜ

あなたの子供は障害者。 そう言われた時、母親は・・・・・・

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ある年、就職戦線も終わりになるころ、専門学校の先生から連絡が入った。

 

今年、どうしても就職できない子が二人いる。いつも私どもの卒業生は理科系の専門学校なので、就職率は100%。

特に今年は就職環境は好転し、企業からの引き合いも良く結構大企業にも就職の道が開かれた。そういう時に二人どうしても就職できない子がいる。

難易度の低い所にも応募もさせたがそれも不採用、性格的におかしいところもあるんですが、ちょっと生徒に会っていただけませんか?   今後の対策、進路について親も呼ぶようにしています。

 

二家族、それぞれに時間をとっていただき面談、生徒の様子も伺いながら会話する。話を進めるうちに なるほどこれではなかなか就職が難しい事が理解できる。会話が途切れる 、話が止まらない、視点が定まらない、人によって反応は様々だが、この子たちのために別の手を考えてあげなければならない。

日常生活でこんな事はないですか?という簡単なA4判の質問表を息子さんとお母さんに渡して思い当たるところにチェックを入れてもらった。 本人の行動パターンからそれぞれ発達障害がうかがわれた。

 

発達障害可も分かりません。本人の努力がたらないとか親の育て方しつけの仕方が悪いためではありません。 1つの特性なんです。まず病院に行って診断を受けて下さい。そこで障害があると判定されれば障害者手帳を申請して障害者枠での就職を狙う方法があります。

現在の障害者支援制度のあらまし、障害はひとつの特性であって 糖尿病なら糖尿病の  胃腸病なら胃腸病の手当てや治療をしていかなくてはならないこと。病気の子供にはそれぞれ対応する処置をしてあげなければならないこと。手帳をとっても開示するか秘するかはその都度本人の意思で使い分けをすれば良いこと等々を説明する。

 

  1組目の面談は、お母さんが辛そうにずっとうつむいて聞いていたが、ウンと、大きくうなずいた後、「わかりましたすぐ病院に行って診断してもらいます」と言ってくれた。

でも2組目、その家族への話は簡単ではなかった。  

 

急に学校に呼び出され知らない人からあなたの息子さんは障害者かもしれませんと言われる。20年間共に暮らしてきて進学し理科系の専門学校にも合格し勉強もできないわけではない。うちの子に限って障害者であるわけがない。もう少し頑張れるよね、就職活動まだ諦めずに頑張れるよね、障害者だなんてまだ決めつけて欲しくない、精神科の診察なんて受けたくありません。トレーニングすれば普通の子供です。先生、まだ求人ありますよね、面接の訓練もしっかりしてください                       

1回の面談で全てを理解を頂ける問題ではない。
落ち着いて考えてもらう時間も必要でその日は終了。後日に持ち越す。

 

平穏な家庭に石を投げられて水面に大きなさ波風が立つそんな気持ちだったと思う。学校の先生もはじめての出来事でおかしいなとは思いつつ、ずっとモヤモヤしたものを持っていたが生徒との距離、親との距離が近いだけにいいづらかったと言う。     

         

後日の面談日、  また同じような話の繰り返し、沈鬱な雰囲気で推移していた。

父親とも相談しましたが卒業してからでも就職のチャンスはあると考えているらしい。母親もだんだん無口になって視線をかわすようにプイと天井のほうを向いてしまう。

 

 もう説明するべき事は全てしました、あとの判断はご家族で話し合って出してください。ただ、本当に重要な事は、この子の将来の事まで考えてあげて下さいね。将来ってなんだと思いますか?   あなた方、父親や母親が死んだ後のことです。この子がひとりで生きていける、そういう環境の手当てをしてあげて下さいね。

 

今日もこのまま終了だなとあきらめかけていた時に、
ふとその時、普段は絶対に自分からは話すことのない生徒本人が、口を開いた。
そして ポツリと言った

 

お母さん、 

僕、

自分は、 

障害者だと思う

自分は やっぱり、 

障害者だと思う

 

病院に行って診て欲しい。
友達と馴染めなかったり、まわりから誤解をよく受けたりすることが つらい。
あいつおかしいぞと 実はいじめにも合っている。
自分では  どうしようもないことがいろいろ起こりやっぱり自分がおかしいところがあるのではないかと思っていた。

                      

お母さん、ぼく、自分は障害者だと思う
   
これが本当に病気なら病気として見て欲しい

 

これを聞いた途端、張りつめていたお母さんの背中が丸くなり、
目からは ボロボロと 大粒の涙が教室の床に落ちていった。

 

その後
この生徒2人は病院で発達障害の診断を受け、卒業後、精神障害者手帳を取得した。
障害者就労支援施設に入ることになった。
施設の日常の生活も学校と違い、不慣れな事が多く、日々戸惑っていたようだが、これが訓練 これがトレーニングと頑張って通った。 

 

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卒業後半年以上も経った頃、二人とも契約社員であるが就職内定が得られたという。

特に嬉しいことは、あのお母さんから先生に電話があり、息子の就職の報告があったそうな。先生曰くあんなに障害者と言うことに一番抵抗していたお母さんがわざわざ就職できましたと電話をかけてきてくれたことがとても嬉しい。
今では、本当に良かったとお母さんも思ってくれている思うと、本当に生徒思いの
その先生が言った。  

 

彼らがゆっくりとでも 自立していく道筋ができたこと。
健常者 障害者であろうと 自分の仕事 社会での居場所 役割がある事。
その仕事が、居場所が、役割が、大きかろうと小さかろうと
人それぞれに一生懸命生きていければそれが一番。
またそれを それぞれを 包含するのが社会でありたい。

特に今、若者が少なくなるなか、一人一人が 誰も埋もれることなく
誰もが活躍できるような社会であって欲しい。
      内定の報を正式に聞いて

             少しうれしくなり加筆再掲しました